〝大切なこと〟2017

 

2017年 11月1日


 はじめての〝大切なこと〟

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2002年秋、くらしの支援ネットワークが生まれ、まもなく在宅医療の先駆者である早川一光氏とラジオ局で出会いました。
その5年後、「福祉コミュニティの創造」と題してフォーラムを国際交流会館で開催しました。掲示板にある今月の案内文章は、ホームページが掲載されるようになってすぐ、2004年10月1日に掲載したものです(※ 下の画像をクリックして下さい)。
この文章はひとえにコニュニティの幸せ(福祉)を願って書き、フォーラムもまた誰も取り残されることのないコミュニティのつながりを模索していました。

ここで早川氏と対話するのは身の程知らずだったかもしれません。しかし人が真摯に願う気持ちに優劣はないと信じ、あえて早川氏と同じくこれまでに「こんなはずではない!」となんども思ったのでした。
早川氏は自らが訪問医療を受ける身になって「こんなはずじゃなかった!」と思うのですが、私はまだ道半ばですがなんども何度もくじけそうになります。「これでいいのだろうかと」。 

   

5周年記念では、バイオリンとギターの音色に彩られながら、参加者のみなさんをお見送りしました。そのときの曲はさだまさしの「天までとどけ」でした。今その歌詞を振り返ってみて本当に心が洗われます。夢みたいなことを・・・なんて言う人もいるかと思いますが、願う気持ちに嘘はなく、ひたすら願うだけでもそれに少しでも近づける気がします。

早川氏との2回目の出会いはフォーラムから5年後、今思うと早川氏はその頃すでに「こんなはずではなかった!と」思いはじめていたのかもしれません。
私もまた支援ネットの将来に行き詰まりかけていました。今も「これでいいのだろうか」、「これはちがう」と思うことがあります。それでもまた支援ネットを愛していただける方たちに励まされて歩き出そうとします。そんな思いの繰り返しです。

支援ネット立ち上げ時の仲間や後に加わっていただいた方、参加こそできないけれど陰ながら応援していただいている友人たちも、年老いてからの暮らしがまさに今、見えるようになってきました。
立ち上げ時のあの頃の私に、自分自身とともに地域は育ってきたかと問うと、「はい」とは答えられず、13年前に書いた文章を改めて読み返し、周囲の出来事に惑わされてか、今心が少し淀んでいるのに気づきます。

今月もまた「身近な老いを見つめて」、現実を直視しつつもまだまだ願う気持ちも見捨てないで、自らの老いや身近な人の老いと先回学んだ早川氏の思いも重ねて、さらに学びを深めたいと思います。
 清々しい気持ちをいつまでも忘れないでいたいと切に願います。

20171001 くらしを創る   



 

2017年 6月1日


 母の背中

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母が「ありがとうね」という

母が「ありがとうね」という
あんたが可愛そうや!という
「身体気いつけや!」という
そういう母の声が小さくかすれる
いつの間にか、母の背中に歳を感じる

手をつないで歩く母子
共に仲良く暮らす母子
そういう母子にはなれないのだけれど、
私は私で考える
どうすれば幸せを感じてもらえるだろうと

ちょっと高級な店でマグロを買って見舞う
母の好きなお寿司を買って見舞う
母のわがままを聴く
多くの高齢者と出会い
人にはその人の人生なりの幸せがあると解る

   


 

2017年 5月20日


 10年先、20年先の私の暮らし

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メールありがとうございます。
民生委員になってから早半年になります。

100歳近い一人暮らしの高齢者が夜中にトイレに起きた時のこと。
倒れて後ろのタンスの角にあたり、血まみれになって救急車で運ばれて入院。

認知症の高齢者への近隣の苦情を聴いたり、いろいろあります。
地域福祉を願って永いですが、
原点は、支援ネットの2007年の5周年フォーラムです。
私たちの10年先20年先は、どのような暮らしがあるのかわかりませんが、
大切なのは認知症のお隣さんのよき隣人でいることなのだと思います。
よき隣人になるのには互いの人間関係の積み重ね、と思い至ります。

先回の支援NETの集いでは「自立と自律」について考えました。
隣人同士、良い関係を作ろうとしても一方通行では成り立たず、
それにはやはり自律した個人として成長し合うことなのでしょうね。
認知症になってからではなくてね。
これまでとそしていまからの積み重ねです。
難しい話になっていますが、民生委員になってその大切さがよくみえてきます。
民生委員になってなかったら、それまで見えていたのはおぼろげ。
何が大切なのか、客観的に見える立場にある今、よく見えてきます。

支援NETの今回の集まりは、課題はなしでいこうと決めました。
課題を探すのも、本当は参加者の仕事なのだと思います。
それも自律した個人への成長のはじめの一歩デス。
10年先、20年先の自分を思い描いてみたら、
今、するべきことが見てきます。
でもですね、将来のことを考えると、
普通に暮らせるお金も必要、それなりに健康も、
そして身綺麗な老人になっていたいと思い、
心許せる友達もいてほしい、
そして私の場合、子供や家族とも良い関係でいたいし、親孝行もしたい。
なかなか欲は捨てられません。
それが普通です。

しかし、周りの状況にただ流されていくのではなく、
自律した個人としてできることをしていくことなのでしょうか。
関わりあう個人が自律した個人として成熟しようとする。
そして地域をも大切にしようとする。
そういった成熟した個人の総体が生み出す社会こそ目指されるのではないかと。
本当、難しいことを書いています。
お時間頂戴してすみません。


 

2017年 4月24日


 宝物が増えた

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4月の集いは、一人の女性の人生を聴いた。
限られた3時間の間には語りきれない膨大な人生模様を、
私たちはなんの労力もなくいただいた、
というのが正直な私の感想。
聴いた私はどういうかたちで返せるかと考える。

民生委員の仕事に生かそう、
福祉の講師としての仕事に、
子供食堂に集まる人への理解に、
友人への理解に、

そして家族にも、

懐の深くて広い思いを持って人に接することができる。
そんな宝物が増えた気がする。





 

2017年 3月5日


 笑顔に添えて

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職場の廊下でのこと。
「あなたのその笑顔はとてもいいね 癒されるね」と私。
「ありがとうございます」と若い彼女。
いまだかつて出会ったことのないその笑顔で、私はいつも癒されていました。

数日後、ロッカーで。   
「おはようございます」と彼女。
「おはようございます。
 ホント、その笑顔いいねー」とまた私。
「先生、先日は本当に嬉しかったです」と彼女。
「私、この職場で役に立っているのかと沈んでいたんです」
彼女は涙ながらに静かな口調で、お礼の言葉を笑顔に添えて私に。
温かい日々のくらしは、何気ないささやかな笑顔からもらうのです。

支援が必要な児童とクッキー作りをすることになりました。
生地が柔らかくなってしまって、  
彼女の好みの型で抜くには四苦八苦でした。
それでもなんとか出来上がりました。
彼女は、小遣いで買ってきた6箱の高値なラッピングに嬉しそうに詰めました。

数日後、彼女の住んでいるホームで、
「クッキーは喜んでもらえた?」心配げな私。
彼女からはピースサインと笑顔が返ってきました。
私は内心ほっと、安堵したのです。
彼女がお世話になっている人への純真な想いと笑顔は、
しばらくの間、私をも幸せにしてくれたのです。
温かい日々のくらしは、人がつくるくらしの手助けからももらえるのです。


 

2017年 2月10日


 雪だるま

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この冬初めての大雪が降りました。
長ぐつが半分埋まるくらいの雪道を歩きたくて、
近くのスーパーまで買い物に行きました。
足型のないまっさらの雪道を、
サクサクと童心に帰ります。

「わーっちょっと楽しいですね」と、
おもわず向こうから歩いてきた女性に声をかけました。
ケーキ屋さんの若い店員たちが、
大きな雪だるまを楽しそうに作っています。
「うれしいねー」とまた声をかけました。

私も雪だるまを作りたくて、
コロコロとサラサラの雪を、
何度もなんども転がしました。
近所の女の子がニコニコと寄ってきました。
「一緒につくろー」と私。

帽子持ってくるわ。手袋も。
目や口は葉っぱで洋服のボタンも付けました。
大きなおおきな雪だるまは
まる二日近所の人たちを和ませてくれて、
人を繋いでくれました。

こんな些細なことでも人を幸せにするのですね。




 

2017年 元旦


 寒中お見舞い申し上げます

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新しい年が明けました。
今年も私の持てる力が他に注げますように。
そして互いに良い影響が与えられますように。

、知人の紹介でコーラスに出会いました。
30年、40年もの長い間継続しているグループです。
「40年前は、先生は紅顔の美青年やったんやで」と。
今はおばあちゃんになった部員が、その過ぎた歳月を懐かしそうに話します。
愛媛での全国大会に新人の私までもが入れてもらい、
西京大会、京都大会、全国大会へと、皆と行動を共にすることができました。
私には、このようなグループは歌が好きなだけではなくて、
お金持ちの暇な人が楽しんでいるのだと、そういった偏見がありました。
でも今、それらの人たちと心を癒すひと時となっているのです。


、支援が必要な子供のホームをしている方からお誘いがあって、
週1回、仕事ではあるけれど勉強させていただくことになりました。
10年来勤務している支援学校の先生と生徒、そして管理職。
新しく勤務した子供のホームの職員と子供たち、そして管理職。
生徒、子供たちを取り巻く大人たちが思考錯誤します。
また学校やホームと関わりある児童相談所などの行政の職員、カウンセラー、将来仕事をするための実習先の事業所、そこの職員、そしてそれぞれの親、家族、世間があります。
そこでは子供たちに関わる人々が複雑に絡み合っています。

私はこれまでの授業で、支援者に関わる職種間の連携が大切だと教えてきたはずですが、何のための連携かと、初心に帰らなければとつくづく思います。


、子供食堂の立ち上げにも関わりました。
もちろん志ある人たちの集まりで成り立っています。
ここでも大人たちの様々な人間関係が繰り広げられます。
皆それぞれがそれぞれの立場で関わります。
まだ2回目を終えたところで何も見えてきませんが、
本当に支援が必要な子供たちの心に届きますように願います。


、12月から地域の民生委員をすることになりました。
私は、生まれ育った環境からと福祉の仕事に長年携わってきたこともあり、
支援が必要な人の立場に私の思いは大半傾いてしまいがちです。
そんなこともあって、「できることだけ」と、
胸を張って言い切ってしまう人のことが、理解できないでいます。
もちろん、私だってできることしかできないのです・・・
それでも支援が必要な人の想いに、どれほど近づけるかという、
謙虚な思いはいつも持っていたいと思います。

今年度は、支援NETWORK立ち上げから15年になります。
多くの皆さんに助けていただいてここまで歩いてこれました。
みんなで企画を考えたいと思います。

本年は、互いの思いが紡がれるコミュニケーションが花となり実となりますように。
どうかこのページを読んでいただいている方々もご参加ください。